B:優雅なる老竜 スキタリス
飛竜ワイバーンは齢を重ね進化を続けると、どんどん、飛行に適した滑らかな形態になっていくわ。最終的には、角なんかもなくなっちゃうのよ。
そんなエルダー・ワイバーンに、さる貴族からの依頼で、リスキーモブに指定されたヤツがいるわ。なんでも、ご子息の仇なんだとか……。
滑らかで優雅な鱗を持つことから、「スキタリス」という渾名がつけられているヤツよ。
~クラン・セントリオの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
「あれがスキタリスだ」
クラン・セントリオに雇われた案内人の男が岩陰から目配せして言った。あたしと相方は岩にしがみつくようにしてほんの少し顔を出して見た。
「ツンツルテンだね…」
あたしがぼそっというと、相方も頷いた。
あたしも相方もワイバーンとは何度も戦った事がある。だから「ワイバーン」と聞くとその姿が無意識のうちに頭に思い浮かぶのだがそのどれとも違っていた。スキタリスの体は何種類もいるワイバーンのどれもが頭に生やしている角がなく、触るとガサガサしていそうな武骨な鱗が蛇のように滑らかだ。
案内の男が言った。
「ワイバーンの中には長く生き、齢を重ねることで稀に進化を遂げる個体があるらしい。肉体的変化で言えばより空気の抵抗を受けないような滑らかなフォルムになる。そうすることで老いた飛竜でもより早く、長く飛び続けることができるようになる。そして個体差は激しいが、知能や言語能力を飛躍的に伸ばす個体もある。このスキタリスがそうだ。」
そう言うと案内人の男はスッと立ち上がり、岩陰からスキタリスの方にスタスタと歩いて行った。
「えっ…ちょっ…」
岩陰であたしと相方は呆然とした。スキタリスが蛇のようにも見えるその首を持ち上げ男の方を見た。男はくるっとこちらに向き直ると両手を広げてあたし達に向かって言った。
「頼む、スキタリスを狩らないでくれ。あんた達が竜の眷属の討伐に次々成功してることは知ってる。スキタリスのような老いた飛竜を倒すのも訳ないだろう事も。頼む、見逃してくれ」
あたし達は想像していなかった事態に少し考え込んだ。
「あたし達だって気に入らないけど、息子の仇だって息巻いてるあの貴族が納得しないよ?」
相方が言った。するとスキタリスは鼻で笑うような仕草を見せて言った。
「人間というのは哀れなほどに被害意識が強い。記憶の糸を手繰るたびしみじみそう思う。それが個体としての弱さから強が弱を虐げるという思想に至るのか、自分たちを一方的な善と捉え、悪が善を挫くという独善的な観念からくるのか、それは分からないが考えるのも億劫になるほどくだらない感情論だ」
「しゃべった…」
あたしと相方はまた予測を裏切られて目を丸くした。スキタリスはそれも意に介さない様子で続けた。
「そもそも事の起こりに遡れば、自らの野心のために竜族の信を裏切りニーズヘッグの妹君を惨殺し、目玉を奪った邪悪なトールダンが元凶ではないか。仇討というなら竜族にこそ理がある。それに短命で知能が低い我が同胞であり子孫たるワイバーンの一族が人間どもに一人も殺されていないとでも思っているのか。愚弱な人間の傲慢さを想うといつも逆鱗を撫でまわされる想いがする」
そういうとスキタリスは溜息をつくような仕草で首を振ってみせた。
「‥‥だが、そんなことはもうどうでもいいのだ。私にはもう時間がない。」
「…どういうこと?」
あたしがスキタリスに聞き返すと案内の男が代わりに答えた。
「飛竜はこの進化を遂げると皆数年のうちにお迎えが来る。スキタリスはこの姿に進化してもう5年になる。8年前、俺がまだクラン・セントリオに所属していた頃、この姿になる前のスキタリスを狩ろうと躍起になっていた。だが落石で死にかけている敵である俺をスキタリスは救ってくれた。それからスキタリスは3年かけてこの姿に変化した。もう老い先短い。人を襲う事もない。狩る必要なんてないんだ。」
確かにそうだ。本来、人を襲わないならクラン・セントリオも標的になどしない。今回、標的になっているのはアホ面をした貴族の我儘にすぎない。あたしの心に迷いが生じ始めていた。
スキタリスが静かな声で訴えかけてきた。
「このまま静かに死と向き合い、最後の時を迎えたいのだ。小さき者よ、どうか願いを聞いて欲しい」
あたしは少し考えてから、そう言うスキタリスの目を見た。
「…わかった。でも、クラン・セントリオの目を誤魔化す手伝いくらいはしてもらうわよ」